Interview

INTERVIEW-Vol.11 間屋口香 / 武知実波 / 永原レキ

最近、全国各地で次世代のサーファーたちが、積極的に社会活動に取り組むようになってきた。中でも、注目したいのが徳島県のサーフコミュニティだ。環境保護だけに留まらず、地域や国の行政と歩み寄って、サーフィンを通じた地域振興を提案し、サーファーの地位向上、そしてサーファーのための環境整備の実現を目指している。そこで徳島の次世代を代表する3人のサーファーに話を聞いた。

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間屋口香 / 写真 横山泰介
1983年生まれ。ホームの海陽町宍喰をベースに活躍。中学、高校はハワイで過ごしサーフィンにのめり込む。19歳でJPSAプロ資格を取得。20歳でJPSAプロツアーチャンピオンとなり、計3回のツアーチャンピオンとなる。国内外のコンペで活躍していたが、2010年に25歳で引退。 2009年に地元にオープンさせたPavilion Surf(パビリオンサーフ)では、地元小学生サーフィンスクールやファミリー向けのプログラムを行っている。

永原レキ / 写真 横山泰介
1982年生まれ。城西国際大学在学中、全日本学生サーフィン選手権大会で4連覇達成。卒業後は東京・米国・オーストラリアなど国内外で働きながら、サーフィンと音楽と芸術を学ぶ。27歳でUターンし、2017年、海陽町宍喰に藍染スタジオin Between Bluesをオープン。藍染やサーフィンを通じて、行政を巻き込みながら地域活性化に尽力。地元の文化や自然の魅力を全国に発信している。「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT2016」で「注目の匠」として選出された。

武知実波 / 写真 横山泰介
1993年生まれ。阿南市をベースに、世界トップのサーファーを目指して世界ツアーに参戦。2012年からはASPの試合を主に転戦。徳島大学大学院でスポーツ社会学を研究し、サーフィンを用いた地域活性化に関する「地域とサーフィン」を修士論文をテーマにして卒業。現在は初代「阿南ふるさと大使」として、講演活動や学校でのサーフィンスクールなどを行い、サーフィンの普及とサーファーの地位向上に積極的に努めている。

SURFRIDER FOUNDATION JAPAN (以下SFJ ) まず最初に、お互いに紹介していただけますか?

間屋口 実波ちゃんは今までいなかったタイプのサーファー。学識もあるし、すぐに見返りがあるわけではないのに、自己犠牲をしてボランティアで地元のために一番活動をしてくれています。私はサーフィンをビジネスにしていて、それが生活になりますから。彼女は今は種を蒔いている時季だと思いますけど、これからが楽しみですね。

SFJ  何かボランティア活動をされているんですか?

武知 サーフィンをやり始めて、中学校くらいからサーファーの社会的地位の向上をしたいと子どもながらに感じました。すごくおこがましいんですけど、何か社会に貢献したいという思いを持ったサーファーが増えたら、それは結局地域との融合であったり、サーファーの社会的地位の向上に繋がるんじゃないかと思っています。それで国立大学に入ったからには、学生にサーフィンをいいイメージで広めたいと思ったので、サーフィン部を作って、いろんな学生たちに入ってもらって、サーフィンを楽しむだけではなくて、ビーチクリーンであったり、大会運営であったり、そういうのにも積極的に参加してもらいました。大学院ではサーフィンの地域活性化も研究しています。楽観的な性格だから、自己犠牲というふうに思ったことはないですが(笑)。

SFJ  武知さんから見て、間屋口さんは?

武知 それは偉大なサーファーです。

間屋口 全然(笑)

武知 全然じゃないです。香ちゃんが残してきた業績はすごいことで、私も実際プロでやってきたので、香ちゃんがやってきたことがどれだけすごいかはわかっているつもりです。もちろん目標にもしてきましたし、私がサーフィンを始めた同じ場に、香ちゃんのような先輩がいて、目指せる立場でいてくださったというのは、サーファーとしてすごく恵まれたなと思いました。

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レディスサーファーの憧れとして、国内のサーフシーンを向上させてきた間屋口さん

SFJ  永原さんについてはどうですか?

武知 レキ君は、めちゃくちゃ行動範囲が広くて、私は一歩出るのが遅いタイプなんですけど、レキ君は即行動できて、それが羨ましいですね。全国に徳島の魅力を発信してくださりつつ、地域のための仕事もちゃんとなさっていて、見習いたいなと思います。

SFJ  間屋口さんは永原さんのことをどうお思いますか?

間屋口 レキは、すごく人間的な部分があって好きです。さっき実波ちゃんが言ったように、レキが地域にタネを蒔いているとき、すごく大変なときもチラチラ見させてもらっていますが、それがようやくようやく花咲いていっていると思います。多分逆境に強くて燃えるんじゃないですか(笑)。それだったらもっとこうすればいいじゃんと、どんどん燃え上がっていく。アイデアが次々と出てくる力強さがすごい、私は真似できないです。

SFJ  永原さんから間屋口さんを紹介していただけますか?

永原 香ちゃんはプロサーファーとして、3回も日本一を獲得して、女子のレベルを上げていて、サーファーとして常に尊敬しています。プロサーファーは業界だけに視野がいきがちですが、彼女のビジョンは広くて、海の自然環境や地域、企業との連携など、みんながハッピーになるために必要なことを考えています。次の世代の若い子たちを育てることとか、サーファーじゃない人たちに対して海の魅力を伝えたり。サーフィン業界以外の外のことをちゃんと意識して動いています。しかも世界レベルでやっているし、なかなかいないサーファーですよね。

間屋口 褒めすぎです(笑)。

永原 実波ちゃんも相当な逸材です。二人に共通することは社会性があって、サーフィン業界にとどまっていなくて、社会全体を大切にしようとしていること。それが自分たちの成長とか継続につながっていくことを理解している思います。

SFJ サーフィンも大切だけども、それ以上に社会に目を向けることの大切さに気づいているんですね。

間屋口 サーフィン業界もいってみれば、社会の一つですものね。だから、サーフィン業界だけで見てしまうともったいないですよね。

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ホームブレイクの海部川河口にて。手製の藍染ボードとともに微笑む永原さん

SFJ  現在の徳島のサーフィンをめぐる状況はいかがですか?

武知 徳島では公のポイントとなっているのは、内妻海岸であったり、高知は生見海岸だったり、そういう世界大会も行われるようなキャパの海岸があって、そこには地元のサーファーも来ているんですけど、ほとんどが近畿圏からの方が多いです。主に県南の方は交流人口がすごく多いので、サーフィンが活性化したり、移住者の増加に貢献しています。

SFJ  なるほどサーフィンが地域の活性化に役立っているんですね。行政もサーフィンや海の環境に理解があるのでは?

永原 僕はメインは一番近いので宍喰、よく入るのは海部です。ただ18年前から宍喰には消波ブロックが入って、満ちているとサーフィンできなかったり、あとは波でかかったりすると、消波ブロックにサーファーが吸い込まれたりとか、消波ブロックがあるからサーファーにとってはあまりいい環境とは言えないですよね。

武知 阿南には、那賀川の河口に辰巳というビーチのポイントがあるんですけど、そこは震災後に護岸工事が始まりまして、大きい堤防を国土交通省が作るようになりました。でも、そこは私たちがサーフィンする場であり、ウインドサーフィンとかもできる場所で、みんなが集まるビーチなんです。それで工事が始まってから、せめて、サーファーが海にアクセスできるようにしてほしいと、阿南市サーフィン連盟が阿南市と国土交通省に嘆願書を作ってお願いしに行きました。国土交通省は理解してくださって、工事が進んでいたにも関わらず、階段を作ってくださって。これから起こる震災のこともあるので、国としては工事をしなければらないのは理解できるんです。避難経路にもなりますし。ああいう配慮がいただけたというのは今後、各地の他のポイントでも参考になるかと。

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武知さんが、サーフィンを始めたきっかけは両親がサーフショップを営んでいたから

SFJ  反対運動ではなく、対話をする。とても参考になりますね。

武知 今、まだ竣工はしていないんですけど、そこをサーフパークにするという計画があります。サーフィンだけでなく、ランニングして走ったりとか、そういう公園にするという話もあるので、比較的、共生できているのかなとは思います。

SFJ  宍喰や海部でも、サーファーのそういう取り組みはあるんですか?

間屋口 海部ではサーファーのために駐車場とか整備してくれました。護岸工事の計画が持ち上がり、サーファーと町がぶつかり合ったときに、地元のサーフコミュニティが団結をして署名を集めました。それで町が妥協する部分、サーファーが妥協する部分、町はこの工事する代わりにサーファーのためにシャワーとトイレと駐車場を作りますみたいな折り合いになりました。

SFJ  永原さんは、積極的に行政ととともに活動をしようという取り組みを行っていますよね?

永原 僕らの世代で急に環境意識高いサーファーが増えてきているというイメージがありますが、実際は、その前から行政との歩み寄りやろうとしてくれた先輩達もいらっしゃいました。僕ら次の世代になって、実波ちゃんが徳島大学の大学院でサーフィンの経済効果について研究をしたり、香ちゃんはプロサーファーとして好感度が高く、企業とのつながりも強い。このようなスタンスで、サーファーとして企業や行政と常につながっているというスタンスは、前の世代にはなかったと思います。そういう意味では、僕らの地元には結構面白い面子が集まっているのでは?

SFJ  世代の継承(リスペクト)が出来ているんですね。恥ずかしい話ですが、SFJの拠点がある湘南では、そのような開かれた社会性のあるローカリズムがまだ確立されていません。なぜ徳島には意識が高いサーファーが多いのですかね? 湘南や千葉などのメジャーなエリアの方がサーファーの人口は多いのですが。

間屋口 サーファーが少ないから、嫌でも責任感がのしかかってくるのかと。

SFJ   確かに、それは言えることですね。地元のサーファーの絶対数が少ないから、何か問題があったら、ローカルサーファーの責任になる。

間屋口 サーフィンだけして楽しいのが一番楽ですけど、でも実際、コンビニのゴミとか見たら、どうにかしないとと思うんです。近所のコンビニで外のゴミ箱をなくしたら、海に捨てる人が増えてしまって。今時、サーファーでゴミを海に捨てる人はいないと思うんですが。海や川から流れてきたゴミだったりもするわけです。ですが、サーファーのせいにされることも多いんです。ですから、まずマイナスからスタート。今はだいぶ良くなったと思うんですけどね。

武知 やはりサーファーから地域への歩み寄りなしでは、この関係性というのは前進しないなと思います。やはりお互い信頼できる関係を、お互い人間同士なので地域社会と信頼できる関係性を築かないと。その上でようやく地域活性化なので、その基盤づくりが多分今一番しなければいけないことだと思います。

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「サーファーだけでなく、ファミリーや子どもたちにも海の楽しさを伝えたい」(間屋口)

SFJ  地元のサーファーの意識が高くても、ビジターだとそこまで意識をしていない方もいると思います。その温度差を埋めるたに、何か対策をしていますか?

永原 彼らがサーフィンにくるだけでも経済効果あるから、その時点でまずプラスなんです。でも、たとえば彼らが違法駐車をすると、行政は彼らではなくて僕らに言ってくるんです。けど僕らに言っても仕方ないし、注意をしても、いたちごっこになってしまうんです。ですから、駐車場やコインパーキングにするとかシステムを作るとか、根本的に変えないといけない。なので、ビジターの規律を正すよりも、そのためにシステムを作らないといけない。そのシステムづくりの投資は行政としても考えていただきたい。文句だけ言っていても変わらないというのは、ここ数年訴えています。

間屋口 私はビジネスでサーフショップと宿泊をやっているので、サーファーに特化というより、子どもやファミリーに海に来てほしいというのがあるので、来やすくするサービスをお店で提供するようにしています。ファミリー向けの宿泊の施設や、海に行きやすいSUPクルーズ、浮き輪のレンタルとかシュノーケリングとか、そういうビーチ遊びから、多くの方に海の楽しさを知っていただきたいと思っています。

永原 サーファーにとって望ましい環境をつくるためには、個人で訴えても効果がないので、みんなで組織や団体が必要だという話になったんです。地方自治体には体育協会があるのですが、自分もそこに参加するようになりました。海陽町だけではなくて県のサーファーが好成績を納めたときに、県知事や町長に表敬訪問して、僕らはこれだけの結果を残しましたよ、という機会をオーガナイズさせてもらったりしています。ビーチクリーンの呼びかけの他に、社会福祉協議会がやっているスポーツ促進団体がサーフィンスクールをやりたいというリクエストに応じて、体育協会でサポートさせてもらって、地元の子どもたち対象に開催したり。今まで香ちゃんたちが個でやってくれていたことを、行政でやり始めてくれるようになりだしました。

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「地元の伝統である藍染とサーフィンをつなげて地域活性化したい」(永原)

SFJ  これまでの経験を踏まえて、行政へのアプローチで大切なことは何だと思いますか?

永原 今、最大級の波に揉まれているのでわからなくなっているところなんですが(笑)。ただ10年ほど活動をしていますが、今はサーフィンが2020年のオリンピックの正式種目になったことで、この1、2年で急激に距離が縮まっています。だけど、正直行政はしんどい相手です(笑)。まずは結果です。結果なくして行政は動けない。基本前例主義なんです。前例がないことに対してはリスクを負わない。僕はビジネスとしての結果をまだ出していませんが、サーフィンもビジネスとして経済効果があることを数字化したいと思います。

武知 そうですね。私はそれを数字化するために研究しました。根拠がないと、説得性がありません。数字が出ないと行政も動かないので、それを持って、ようやくスタート地点に立てるという印象はあります。

SFJ 行政は、公のお金を運営する立場なんだということをちゃんと理解して、感情論だけでなく、具体的な根拠を示してプレゼンする必要があるということなんですよね。

永原 ある程度、これをやる、あれをやるというのを、最初から用意しておいてあげる必要がある。全部ゼロからこっちで用意して、何か一緒にやっていこうというときは、これをやりたいというのを明確に示してあげる。それが必要かどうかをジャッジして、必要だと思ってくれたら、そこに対して動いてくれます。ですが、ゼロから一緒に作っていくというのは難しいですね。後は収益性と具体的な数字ですね。全部明確に示してあげたら動きやすいかと。行政は中立のプロ、公平性のプロフェッショナルですから。

SFJ  全国のサーファーに向けてメッセージをお願いします。

間屋口 “海の環境”とか大きい言葉で言われると、自分一人がこのゴミを一個拾ったところで何も変わらないとか、プラスチックストローを使わなくても変わらないのでは、と思うかもしれません。ですが、ちょっとの意識で変わってくると思うんですよね。まずは小さいことでも、何か一つやるという意識を持っていただけたらいいなと思います。

永原 僕の地元の海陽町は海と川がそろっていて、自然のバランスがいい。皆さんが暮らしている地域にも、自然だけでなくいろんな文化とか歴史だったり、それぞれの土地がよさがあると思います。それを一個でもいいので発見して掘り下げて、その魅力を外に向けて発信したらいいと思います。

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「知らないことが一番怖い。知る場に自分を置くことが大切だと思います」(武知)

SFJ  最後に、武知さんはいかがでしょうか?

武知 私たちが大事にするサーファーのフィールドである海が、この波が消失してしまうかもしれない、この環境がなくなってしまうかもしれない、それは危険だなと思い行動するためには、一番最初に必要なのは知るという行為なんです。私は知らないということが一番怖いことだと思っていて、その知る場に自分を置くことが大切だと考えています。例えば、私たちサーファーは海を大事にしたいと思いますけど、山がフィールドの方は山を大事にしたいとか、自然だけでなくても自分の生活の範囲内で大事にしたいものは皆さんあると思うんです。その生活を大事にしたいとか、家族を大事にしたいとか、それがなくなってしまうことを考えたら、それは行動する原動力になるじゃないですか。だから、そういう本能的な原動力はすごく大きい。それを引き出すというのが、これから環境問題の解決に向けて大事だなと思います。その最初のきっかけとなる知るという機会の提供というのを、全国各地で私たちサーファーから取り組んでいけば、人が動いてくれる。香ちゃんが言ったストローの話、塵が積もればですけど、1人が10人に、10人が100人になるので、そういった原始的な行動ですけど、知らせてあげる、知る、行動する、このサイクルを作っていくというのが一番大事なんだろうと思います。自分自身がそうだったので。

SFJ 知性が大切です。サーファーは割と「めんどくさい」とか「よくわからない」とか、平気で言いますよね。とても残念なことだと思います。本気で海を守るために、事実を知る機会をもっとつくるように、SFJも尽力していきます。まずは、意識の高いサーファーが繋がって社会を変える行動を起こしましょう!ありがとうございました。

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パビリオンサーフショップ
http://www.pavilion-surf.com

LESサーフショップ
http://www.lessurf.com

in Between Blues
http://inbetweenblues.jp

Aloha de GoGo
http://www.aloha-de-gogo.com

取材・構成 : 佐野 崇

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