Column

2018年福島を訪れて感じたこと、知ったこと【前編】

“夏がくれば思い出す”。そんな歌詞があるが、東日本大震災から8回目の夏を迎えた福島県いわき市の四倉海岸の駐車場に車を停め、震災前の福島の夏を思い出した。夏に混雑した海を避けて、福島へと足を運ぶサーファーも多く、遠くへ来た甲斐のある福島の波にはまった人も多いだろう。私にとっても夏の福島はサーフトリップの場所だった。水もきれいでその日に合ったポイントがどこかにあって、波がないということはなく、海の中はほどよい人数のサーファー。満足するまで長く海に入っていたこと、夕焼けの海の美しさ、のんびりとした田舎町。福島のいろいろなポイントに入らせてもらってきたが、どこも思い出がいっぱいだ。

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夏場は海水浴場ともなっている四倉海岸

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四倉海岸の穏やかな夕焼け

その福島が大変な状況になったのが7年前。東日本大震災に加えて、東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故が発生し、住民は避難を余儀なくされ、今でも帰宅ができない地域もある。この7年間に、各被災地は少しずつ復興し、あの大災害を乗り越えて新たな力強い歩みを始めている。その復興の姿を見ると自然と涙が出るほど感動を覚える。それはあの恐ろしい光景を直接ではなくても見ているからだろう。しかしながら原発の事故で流出した放射能によって福島県の復興には更なる時間がかかってしまっていることはいうまでもない。震災後に何度か福島に足を運ばせてもらっていて、2016年にもSFJでレポートをさせて頂いた。あれから2年が経ち、まずはじめに四倉海岸に立ち寄って感じたことは、最初に書いたように、震災前の福島を思い出したということだ。今目の前にある四倉海岸は震災前よりも整備され、新しい海岸になっているけれど、そこにある力強い波、波うち際までの広い砂浜、サーファー、浜辺で遊ぶ家族連れなど、震災前と同じような光景が広がっていた。“とうとう復興したのだな”と感慨深く眺めた。

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四倉海岸は広い駐車場やトイレ、シャワーも整備されている

四倉海岸は、すでに2013 年から海水浴場がオープンし、昨年はNSAのダブルA、今年はトリプルAの大会が行われているほか、地元のローカル大会も開催されている。私と友人も夕焼けが迫るまで海に入らせてもらって、混雑のないストレスフリーな波を楽しませてもらった。海から上がると、美しい夕焼け空の下、散歩をする人や防潮堤に腰掛ける人など、そこには穏やかな時間が流れていた。その夜は避難が解除された南相馬市に戻ったシェイパーの室原真二さんのお宅にお邪魔して、復興し始めた町の飲み屋でご馳走になった。

次の日は思い出の場所、北泉海岸で波乗りをしようということで、車を走らせた。北泉海岸には、震災後の慰霊祭に参加をしたり、取材でも訪れていたが、海に入るのは今回が震災後初になる。海岸までの懐かしい道を走らせ、変わっていない場所もあったが大半が新しい海岸の景色に変わっていた。海岸沿いの広い土地には太陽光発電のパネルが並び、高さのある防潮堤が築かれていた。けれども山側を見れば、眼前に広がる田畑や遠くに見える山々、震災前を思い出すのどかな田舎の風景が目に映った。

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海岸線沿いには多くの太陽光パネルが並ぶ

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福島の海岸には以前よりも高い防潮堤が築かれた

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南相馬市の防潮堤の上からの眺め

そのまま残っている標識に誘導され、北泉海岸の駐車場に辿り着いた。慰霊祭の時には駐車場も慰霊祭を行う丘へ渡る橋も崩壊していたが、今は修復されて、新しく整備されている。波もある休日ということもあり、駐車場は各地から集まったサーファーで賑わっていた。同じく神奈川県から来ているサーファーもいて、ここでも“震災前に戻って来たな”と感じてうれしくなった。

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駐車場も高台にある公園に渡る橋も整備された北泉海岸

北泉海岸は震災前には多くの大会が行われていた場所だ。それは地元サーファーと行政が一丸となってサーフツーリズム、簡単に言えば、海岸、クオリティの高い波という資源を利用して地元を振興してくことを推進してきたことによる。ならば、このサーフツーリズムをとおして復興を推進していけないはずはない。準備は整っているといえるだろう。

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サイズのある波の北泉海岸

そこにはサイズの十分ある北泉の波が待っていた。海の中には再び北泉の波を堪能するサーファー、砂浜には海を眺めながらお喋りをする人たち、走り回る子供たち、海辺を散歩する人たち。海岸の防潮堤は階段状になっており、大会を観戦する席にもなるように作られていると以前聞いたが、その光景が目に浮かんで来た。

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北泉海岸で波乗りを楽しむサーファーたち

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海を背に振り返れば、懐かしい福島の田舎の景色が広がる

今回の福島サーフトリップは、ようやく福島の夏が戻ってきたと感じた旅だった。また毎年福島の夏を楽しみにしようと友人と話しながら帰宅した。

私たちは今回の旅で福島サーフトリップを再開したが、まだ福島の海に震災前ほどサーファーが戻っていないのは事実だろう。あとは何が必要だろうか?

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北泉海岸で海を眺める人たち

福島のサーファーたちは海に毎日のように入っているし、避難解除された町は復興をし出して住民は生活を始めている。

“放射能”のことがまだ懸念されているのではないだろうか?

必要なことは風評ではなく、正しい情報だ。サーフィンだけではない。

福島の農業、漁業も風評で復興が進んでいない話を聞く。

だとしたら福島の放射能についてもう一度話を聞いてこようと考え、日を改めて、福島を再度訪れた。

後編に続く

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北泉のシンボル的な馬追いの絵が施されたステージ

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公園も整備された北泉海岸

※参考資料として復興庁の「風評の払拭に向けて」をぜひご覧下さい。
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/20170427_huhyou-higai-husshoku_J.pdf

文・写真:米地有理子

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