梅雨が過ぎ、木々の成長が勢いを増す頃、藤沢市鵠沼の由緒あるお屋敷を訪れた。その昔、広い敷地を持つ別荘だったというこの家は、鵠沼駅から住宅の連なる道を歩いて5分の距離にある。1928年の建築当時は、駅から3軒目だったというのだから、その敷地の広さの見当がつくかもしれない。3000坪だった土地は、相続されるうちに約700坪にまで分割された。祖父母が愛した家を守ろうと動き始めたのが、尾日向梨沙さん。活動を発信し、地域の協力を得て、歴史的建造物と周辺の緑の保存を実践し、2018年に有形文化財として登録するに至った。翌年からは、貸しスペース「松の杜くげぬま」として稼働、現在も保存活動に取り組んでいる。

一方で、年間、雪山での滑走日数が90日以上という彼女は、2020年に、湘南から長野県飯山市に移住し、パートナーと共にハーフビルドでマイホームを建築。雪国でスキーを取り込んだライフスタイルを実践しつつ、同時に畑での野菜作りを行うなど、自然に寄り添った暮らしを送っている。
見事にオリジナルな生き方を歩む尾日向さん。彼女の原動力の源はどこにあるのだろうか。そして、その価値観が培われたきっかけは? その先に見据えているものは何かあるのだろうか。鵠沼と長野、二つの拠点で話を聞かせてもらった。

北陸新幹線、飯山駅より車で20分。 この家の先には民家がないという自然に囲まれた集落に建つ。2020年10月からは、太陽光発電&蓄電システムを取り入れ、できる限り電気を自給自足する試みもスタート。

尾日向梨沙/写真 横山泰介
1980年生まれ、東京都出身。早稲田大学第二文学部卒業後、実業之日本社、スキー専門誌『POWDER SKI』『大人のスキー』『Ski』などの編集を経て、2013年より同雑誌の編集長を務める。その後、フリーランスとして独立、2015年にスノーカルチャー誌『Stuben Magazine』を写真家・渡辺洋一と共に創刊(現在7号まで発刊)。神奈川県藤沢市の国登録有形文化財『松の杜くげぬま』管理人。2020年に湘南から信州へ移住し、地域文化の発信をしながら、自然への負荷の少ない暮らしを目指す。
SURFRIDER FOUNDATION JAPAN(以下SFJ:「松の杜くげぬま」が出来るまでの経緯と、そこに対する思いを教えてください。
子供の頃から東京で育ったのですが、22歳頃に当時付き合っていた彼と鵠沼海岸に住むようになりました。東京の出版社に通っていたのですが、比較的自由な勤務体系の会社で、すでにリモートワーク先取りという感じで、会社のオフィスが縮小されるタイミングで、祖母の住んでいた家の一部屋を事務所として使うことになりました。だんだん忙しくなり寝泊まりする回数も増え、そのままなんとなく祖母と暮らすように。子供の頃から、よく遊びに来ていて、私たち兄弟にとっては、自然も近くにある愛着のある場所です。祖父母もこの家が大好きで、どこにも行かないで、人を招いてここで過ごすことが多かったようです。
祖母が高齢となり、相続の準備を父が始めていました。何せ広大な土地なので、相続する場合、莫大な相続税が発生するということで頭を悩ませていて。そんな中、父が祖母よりも先に亡くなってしまい、父のやっていたことを私が引き継ぐ形になりました。築90年を超える老朽化の激しい建物と、管理も手が回らないジャングルのような庭を持ち続けるということは、あまりにハードルが高く、親戚からは売却の案も出ていましたが、どうしてもそうでない方法を見つけたかったんです。もし手放したら庭に何十年もかけて育ってきた樹木が全て伐採され、そこに生きる何十種類もの虫や動物の棲家を奪うことになってしまう。更地になった土地に建売住宅がずらりと並ぶ未来を作りたくなくて、とにかくいろんな人に相談しました。
文化財というのは私のアイディアではなく、この地域ではそういった古い建物を残そうという活動があって、「鵠沼の緑と景観を守る会」という市民団体が後押ししてくださいました。祖母の時代からその団体の方たちが庭掃除のボランティアなどで出入りしてくださっていて。登録有形文化財になったからといって大きな補助金があるわけではないのですが、相続税が減税になるということで、祖母も 90歳を超えていたこともあり、登録の申請をすることにしました。家族や親戚には、管理を全て私が引き受けるということと、固定資産税を払うという話で承諾を得ました。
ロケ地に登録したり、貸しスペースとして活用してもらったり。ちょうどコロナ禍でヨガスペースを探している先生たちが使ってくれたり。そこから少しずつ広がっていき、今はほぼ毎日のように利用者がいて、私がいなくても利用できるようシステム化されました。すでに6年が経ちますが、文化財になってやはり地域の財産のように近所の方も思ってくださって、なんとか維持できています。

SFJ:現在は、長野にも家を構えられて、2拠点生活をされているとのことですが。何故、長野を選んだのですか?
長野は東京から新幹線で2時間で行けるという立地の良さと 1時間圏内にスキー場が7、8箇所あるので、仕事柄、色々なところを見ていたいという気持ちもあり。白馬方面も好きですが、妹が住んでいて拠点があるので飯山を選びました。飯山には2019年の1年間、移住をイメージしながら4、5回通って、違う季節を見ました。中古の家を探してたんですが、なかなか丁度良いものがなく、物件は数あるのですが、間取りが広すぎたり、価格は安いけれどかなり直さないと住めないというようなところが多く。探すうちに土地ならいいところがあるということで、家を建てるつもりは全然なかったのですが、その土地に惚れ込んでしまい決めました。
SFJ:雑誌、Stuben Magazineの創刊のコンセプトは?
長年、スキー専門誌の編集を続けてきて、ハウツーや道具の記事よりも個人的には文化的なコンテンツに関心が高かったのですが、そういった記事はどうしても埋もれてしまいがちで、それに雑誌という媒体では、なかなか全体のデザインを統一できなかったりして。だったらそういうコンテンツだけを集めて本にできたらいい、という思いがありました。取材に訪れた土地、出会った人々を通して地域の文化などを知るうちに本当に素晴しいと思うことが多く、人、暮らし、受け継がれてきているものに、フィーチャーしていきたいという気持ちもありました。たとえば東北の山奥でひっそりと暮らしている方を訪れた時に、庭先の自然からの恵みを使ったご飯をさり気なく出してくれて、素敵な生き方だなぁと感じたり、そういった体験が今の生活にも繋がっているのだと思います。
Stuben Magazineでは「環境」というのもひとつのテーマで取り組んで取材をしてきていたので、 自分も暮らしの中でできるだけ自然に負荷をかけない選択をしたいという意識が高まってきていて、家を建てる時はその点を意識しました。長野県産の木材を使いたいという要望や冬の寒さ対策のために機密性の高い家にしたくて木製サッシを長野県内で探してきたりと、工務店にはかなり注文の多いお客さんだったかもしれません。薪ストーブも長野県で作られているものを選んだり、電気のスイッチなどもプラスチックを使いたくなかったので、探して取り寄せて付けてもらったり。

SFJ:長野でのライフスタイル、ハーフビルト(*1)オフグリッドライフ(*2)とは、具体的にどのようなものなのでしょう?
そうですね、自分でできるところは、自分たちでやろうということで、外側を作ってもらって、内装は自分たちでやりました。住み始めた頃は、ほとんどキャンプみたいな感じで、ブルーシートの養生した状態の中でシュラフに寝たり。ガスもないような状態でしたけど、ちょうどコロナ禍で集中して家づくりができました。今は、電力は100%自給しているのですが、中部電力の送電網を使って売買をしているので、正式にはオフグリッドとは言えないのですが。当初、エネルギーもできるだけ自給で賄いたいと思い、太陽光に興味をもって長野の業者を色々と調べました。この地域は特別豪雪地帯に指定されている積雪2メートル以上の地域で、積雪でパネルに問題が起きても保証対象外ということで、雪国で太陽光パネルをつけるのは簡単ではないということを知りました。
最初は諦めていたのですが、家が建って2、3ヶ月して、新築の家での太陽光のモニターを探しているという情報が入って申し込んでみたんです。条件はライフスタイルを紹介しながら「新しい暮らし方」というものをリポートすることでした。雪国がテーマというわけではなかったのですが、いざ始まって取り付けようとした際に色々問題が発覚して、屋根には付けられないから壁に掛けてみようというアイデアが出てきたり。一番効率よく発電量を得られて、雪にも耐えられるというのが課題になりました。そうこうしているうちに、雪国での太陽光発電に関してのプロジェクトチームのようなものができて、耐久性の実験も含め、先方にとってもデータが取れてよかったという結果に。
豪雪地帯ならではの特徴としては、パネルに雪が積もらないように70度の角度をつけて壁に設置したことです。実際、吹雪でもパネルに付着した雪はすぐに滑り落ちて、一年を通して発電量ゼロという日がない上に、雪の反射も伴って予測よりも高い発電量を叩き出しています。太陽光生活を始めるまでは、節電にシビアになることもありましたが、今は逆に太陽が出ている時間帯に洗濯機を回そうとか、太陽のありがたみを感じながら暮らしています。2023年には畑にソーラーシェアリング(*3)も設置し、年間の発電量が大幅にアップしました。消費量の方が少ないので、電気代はゼロどころか余剰分を売電しています。日本は半分くらいは雪の降る地域だというのに、雪国と太陽光の相性は悪い。これらの実証実験で、そんな概念が変わって可能性が見えてきたんです。

SFJ:「信州豊かな環境づくり県民会議」で令和7年度の表彰者となったそうですね。
長野県はこれだけの自然があるから関心が高いというのもあるのでしょうけれど、自然保護に対して力を入れていることもあり、個人でも団体でも、自然環境に対してアクションを起こしていたり、地域に貢献している人を毎年表彰するという企画があるんです。きっかけになったのは、長野県の県民参加型予算という補助金制度で「雪国での再エネ実装」をテーマに募集があった際、我が家で行なっている「雪国太陽光発電」が審査に通ったことです。その予算で実証実験の結果や雪国で太陽光を設置する方法をまとめたガイドブックが制作され、豪雪地帯での再エネ普及に貢献したということで、推薦いただきました。また、編集者・ライターとして雪国の暮らしの豊かさや自然環境の素晴らしさを発信し続けている点も評価いただけたようです。
SFJ:自然と共生する豊かな町づくりについて、日本の地方行政の可能性に関して思うことはありますか?
さっきお話しした表彰の件もなのですが、長野県は前向きに環境問題に取り組んでいると思うのですが、私は太陽光のことだけを発信したいというよりは、やはりスキーヤーなので、長野県に約80ヶ所あるスキー場に目を向けてもらえたらと思っています。インバウンドなどで順調なところもあるけれど、暖冬による雪不足や設備の老朽化、若者のスキー離れなどで苦戦しているスキー場も増えています。スノーリゾートは長野県の中でもすごく大事な産業のひとつなので、もっといろんな可能性があるということを行政に伝えることができたらいいですね。
長野はやはり雪が財産だと思います。この地域はとくに雪があるから水も豊かで、畑で美味しい野菜が作れて、お米も取れて、お酒も美味しい。全て雪の恩恵なんですよね。そして、農家さんは冬はスキー場に働きに行く方も多く、雇用という点でも観光産業が大事。Stuben Magazineではそういった地域の町づくり的な記事も多く、国内外の良い事例を紹介しているので真似して欲しいという思いもあります。たとえば、スキー場では施設やリフトなど大量の電力が必要ですが、雪国太陽光のような形や、海外ではバイオマス発電を取り入れている事例などもあり、自然エネルギーを生かす方法も多々あるかな、とか。
私もよく滑りに行く野沢温泉では水力発電に力を入れています。野沢温泉村は人口3,000人ほどの小さな村ですが、100年前、スキーによる村おこしにより発展した村で、住民の多くがそのことを理解しているんです。なのでスキー場と行政が一体化して村づくりを進めています。最近、44歳のスキーヤーが村長になって、ますます楽しみですね。
今私はこの家から一番近いホームゲレンデ、戸狩温泉スキー場(飯山市)を活性化させるお手伝いを何かできないかなと考えているところです。目先の集客だけではなく、50年後、100年後の自然環境を想像して、地域の子どもたちが安心して楽しめる場所を残していけたらいいですね。

SFJ:「松の杜くげぬま」、そして長野でのライフスタイル、尾日向さんが雪山を入り口に培った自然への思いが体現された事例を見せていただいて、刺激になりました。地域に根付いた活動を通して行政とつながり、長い目で環境を考えていくことの大切さを感じます。ありがとうございました。
(*1) ハーフビルドとは、家の建築工程のうち、基礎工事や構造部分など、専門的な技術が必要な部分をプロに任せ、内装の仕上げや塗装など、自分でできる箇所をDIYで仕上げる家づくり。
(*2) オフグリッド(off-grid)とは,既存の公共のインフラストラクチャー(インフラ)に依存することなく,電力,ガス,水道などのライフラインのうち少なくとも1 つを自分たちで確保できている状態を指す。電力の場合は,電力会社が供給する送電網(グリッド)に頼らず、太陽光発電などの自然エネルギーを利用して電力を自給自足する状態や生活様式のこと。
(*3)ソーラーシェアリングとは、 農地に支柱等を立てて、その上部に設置した太陽光パネルを使って日射量を調節し、太陽光を農業生産と発電とで共有する取組。