INTERVIEW-Vol.30 緑義人 -後編

奄美大島の南東部に位置する瀬戸内町嘉徳。山に囲まれ、手付かずの自然を残す入江には、16世帯が暮らす小さな集落がある。絶滅危惧種に指定されているオサガメの産卵上陸が日本で唯一記録されたという浜を懐に抱き、奄美固定種で絶滅を危惧されるアマミノクロウサギが多く生息する森を背負う土地。2021年7月に「奄美大島、徳之島、沖縄北部及び西表島」がユネスコ世界自然遺産として登録され、嘉徳はそのバッファーゾーン(緩衝地帯:世界遺産を保護するための周辺区域)に指定された。そんな重要な場所の浜で、現在、護岸工事が始められようとしている。一方で、自然と共存する活動が、地元の人々やサーファーたちによって行われている。奄美で生まれ育った緑義人さんは、そんな様子を見守りつつも、自然のあり方を淡々と案じている。緑さんに島を案内してもらいながらうかがった話を2回に分けて紹介。自然と共存するための活動、サーファーとしてできることを、改めて考えさせられるきっかけになるかもしれない。

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緑義人/写真 横山泰介
1971年、奄美大島生まれ。手広海岸の近くでペンションGREEN HILL SURF& CAFÉオーナー。https://greenhill-amami.com 奄美の海を熟知したサーフガイド。16歳からサーフィンを始め、コンペシーンでは、西日本サーフィン選手権大会4位、全日本サーフィン選手権大会5位、ローカルコンテストで数回の優勝という成績を残す。サーフムービー『SIPPING JETSTREAMS』(テイラースティール監督)の中で奄美で撮影されたシーンにも登場。

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陸、海、大気が出会い、個々の地形によりダイナミックに様子を変える波打ち際。サーファーたちが感じとった変化を、海に入り測量したり写真を撮るなどして科学的データを記録、専門家に相談していたことをきっかけに発足した嘉徳浜調査会(*2)。波打ち際の変化を理解するためには、定期的、継続的な調査が不可欠だ。メンバーであるローカルサーファーの松本晋平さんたちが、浜の幅を測量している。それぞれの時期によって、どこに砂が溜まるか、砂浜の幅の変化や波打ち際の形状の記録を2年間継続してやっている。

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松本晋平/ 写真 横山泰介
大阪生まれ。嘉徳に住んで13年。職業は大工をしている。護岸工事訴訟の原告のひとり。

SFJ:2014年の台風19号が嘉徳墓地前の砂丘を大きく削ったことをきっかけに護岸工事の計画(*1)が始まりました。高波に対する防災を目的として、集落の方の安全と安心を守るためです。はじめの段階で、不安や恐怖を取り除く案として、ほかの選択肢が住民に対してきちんと提示されていなかったという説もあります。

もっと早く外の人たちに色々な意見を聴いていたら、良い解決策があったのかもしれません。島の人は動きがのんびりなので・・・。ただ集落のほとんどがお年寄りで、どこかに動くということにはならなかったと思います。自給自足の人もいるようなところです。

SFJ:建設業が島の経済を支えているという話も耳にします。工事のことはいつ頃知りましたか?

ずいぶん前に、(嘉徳のある)瀬戸内町のローカルサーファーに聞きました。さっき浜で計測をしていた嘉徳集落に住むサーファーの松本晋平さんや武久美さん、高木ジョンマークさんからも。彼らは県に対して、工事計画の見直しのための協議の場を設けるようにと、活動を続けています。

SFJ:久美さんやジョンさんは嘉徳を「残す価値のある集落」と言っていました。ハワイ島のワイピオ渓谷を思わせる壮大な自然と神聖な雰囲気のある土地です。まだ観光で訪れる人は少ないかもしれませんが、訪れて見れば必ず感動するはず。将来的に、世界自然遺産であることを含め、観光の名所としてその特性を活かせることができればいいですね。10年、20年の長いスパンで見ていくことも大切かもしれません。みんなに利益があるという公益性を考えて、ツーリズムがこれから発展するという点から組み立てて話をしてみるのはどうでしょう。

嘉徳のことをまずは島の人に知ってもらいたいです。行ったことがない人がほとんどですから。こんなに自然が深い場所なかなかありません。ただそれには、この浜に行くサーファーが動いて思いを伝えなくてはと思います。もっと嘉徳の良さを知ってもらうために、ネイチャーツアーを組むということもいいかもしれません。辿りつくまでに山道をくねりながら登って降りてをしなければならない。そんな場所にある集落ですが、だからこそ他にはない魅力があるんです。

SFJ:映画『SIPPING JETSTREAM』では嘉徳でも撮影をしていますが、緑さんがここに海外のサーファーを案内したときの反応はどうでしたか?

彼らはみんな、「何だここは!」、「山のパワーがすごい」、「ジュラシックパークみたいだ!」って驚いていました。トム・キャロルも来て、感動していました。世界中を回った海外サーファーでも、あの景色とあの雰囲気を素晴らしいと言うんですから、そうなんでしょうね。

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工事開始が間近に迫り、現状とこれまでの経緯を話してくれた武久美さんと高木ジョンマークさん。工事賛成派と反対派の対立ではなく、とにかく協議の場をもつことを希望している。

武久美 高木ジョンマーク/ 撮影 横山泰介
奄美で生まれ育った武さんと、フランスで生まれ、幼少期から頻繁に祖父のいる九州の海で遊び育った高木さん。サーファーである二人は嘉徳の集落に住み、「SAVE KATOKU」の活動の中心となる人物。護岸工事訴訟の原告。ジョンさんは、2016年に発足した「奄美の森と川と海岸を守る会」の代表を務める。今年、奄美大島が世界自然遺産に登録されたことを受け、そのバッファーゾーンの浜で必要とは思われない護岸工事が行われるという問題の重大性を発信している。

SFJ:嘉徳浜を守る活動を続けてきた久美さんとジョンさんにも話を聞きましたが、現実的には工事は進んでしまいます。それでも「諦めない」という心強い言葉を聞くことができました。工事の影響で変わってしまうもの、変わらないもの、自然の姿などをモニタリングし続け、そのデータを残すことが、今後の嘉徳にとってとても重要なものになります。エビデンスは決して無駄にならない、それが未来に向けた活動になるのだと思います。

松本晋平さん達も浜の調査を続けている中で、「浜は自然のサイクルで蘇ってきていて、砂丘も厚みを増してきている。この先も台風などによる侵食はあるかもしれないけれど、嘉徳は健康な海岸だから数年後にはもとに戻るはず」と言っています。いったん自然に手を加えたらもう戻らないと思うかもしれないけれど、自然の方が力があって、自然へと戻っていくのでしょうね。

<追記>
2019年、IUCN(国際自然保護連合:ユネスコの諮問機関。世界自然遺産登録に際し、専門的な立場から評価を行う)の指摘により、日本政府は、島内で最後の自然の流路を残している嘉徳川を推薦地区に含めることを決定、これにより嘉徳集落、嘉徳浜を含む一帯をバッファーゾーンに指定。その際に日本政府がIUCNに提出した資料には、以下の記載がある。①「嘉徳海岸及び、集落のバッファーゾーンへの追加は、護岸が計画通り進行することを条件として、「Local communities」と合意済みである」。②「人工構造物のない嘉徳川の希少性、また嘉徳川には今後も人工構造物を設置しない」。③「護岸は川から離れているために川の生態系に影響しない」。
この内容は、1年半後の2021年6月、世界自然遺産登録に係る評価書の公表により、初めて嘉徳住民が知ることになる。その間も護岸工事計画は着々と進められ、原告や一部集落住民は上記①③への矛盾を訴えると同時に、工事見直しの要望書を提出。それに対する回答のないまま現在に至っている。③については、実際には川の流路は常に一定ではなく、雨量などによっては蛇行の具合が変化することが、嘉徳浜調査委員会によって測定された過去2年間のデータから予想できる。その事実を想定すると、「護岸が川から離れていて、川の生態系に影響しない」という内容には疑問が生じる。
 現在、在住の武久美さん、高木ジョンマークさん、松本晋平さんたちが中心となり、県に対して防災の在り方を再度協議する場を設けるよう働き掛けを行なっている。自然を愛するサーファーが肌で感じ、自らの知恵や労力を費やすことで、「自然と共存する活動」へと繋がり、地域や次世代のために生かしていくことができる。正論のぶつかり合いにより、思うようにいかないことは世の中に多々ある。それに対して、対立ではなく協議を、そして自然との調和を持って未来に向けて進んでいく。簡単ではないけれど、サーファーだからこそ、考えられることなのかもしれない。

*1 嘉徳浜での護岸工事の経緯

2014年、台風18号と立て続けに発生した台風19号による高波で嘉徳の浜は砂丘上の墓地すぐ手前まで波が届き、浜崖ができた。集落の住民は墓地まで侵食が及ぶことへの恐怖から、当時集落に住んでいた26名が署名をする形で護岸工事の嘆願書を町に提出し、町が住民に聞き取り調査をして県に護岸工事を要望。工事が決定する。それに対して「奄美の森と川と海岸を守る会」が発足され、工事の見直しを呼びかける運動が始まる。2017年、県が嘉徳海岸侵食対策事業検討委員会を立ち上げ各専門家による再検討の結果、2018年に180メートルの護岸工事計画が決定。工事開始決定を受け、県民からなる原告が工事への公金支出差し止めを求めて権を提訴。他にも一部集落住民を含めて多方面から工事計画見直しを求める要望書や意見書が町・県に提出されているが、工事は進行しており、2021年9月には浜での整地作業などが開始、今日明日にも護岸を建てる本作業が開始される状態となっている。原告弁護団(嘉徳浜弁護団)の依頼により行なわれた海岸工学の専門家調査の結果では、現在嘉徳浜では侵食は起きておらず、護岸工事が行われると、逆に侵食を招き、後背地が危険にさらされるとされている。また、検討委員会が実施された2018年と比較して、浜幅が大きく回復し、状況が大きく変化していることもあり、守る会や原告及び弁護団は再度開かれた協議を行うことを求めている。

*2. 嘉徳浜調査会
2019年11月に発足。海岸工学の専門家(有限会社海岸研究室/東京)の指導のもと、住民や有志が中心となり、嘉徳浜の状況を定期的、定量的に調査している。砂浜を測量し形状の変化や砂の溜まる場を記録。GPSを使って波打ち際や海に流れ出る川の形状を調べる。砂の動きを観測するための定点観測や、台風の波がどのような影響を及ぼすかを10秒に一度撮影をするタイムラプス撮影などを行う。集めたデータは有限会社海岸研究室に送られ解析される。嘉徳浜調査会は調査の結果から、2014年以降、浜の砂は大きく回復しており、砂浜がもつ波浪の吸収力とアダンの植樹により、効果的に防災が可能としている。調査は現在も継続している。

●Surfrider Foundation Japanは、Save The Waves Coalitionと連携し「奄美の森と川と海岸を守る会」が現地で行う奄美大島・嘉徳浜の保全活動に賛同し、UNESCOの世界自然遺産登録の評価機関であるIUCNに対し以下の声明文を届けました。

>>> https://www.surfrider.jp/information/6934/

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